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「星飛雄馬」の心理療法
 前回では各治療法について述べましたが、どうしても抽象的になりました。そこで、具体的なイメージをつかんでいただくために、ある想像のケースについて簡単に触れたいと思います。それは「巨人の星」の星飛雄馬(やや古い例ですが)が相談に来たという設定でお話ししたいと思います。👂
 「星飛雄馬」が、ひどいスランプに陥って、相談に来たと考えてください。
 先ずは、何が問題かという点を探ります。フォームが崩れているのではないか、ボールの握り方が悪いのではないかという具体的な内容で、これには野球の専門知識が必要になります。このような内容であれば、いろいろ具体的なアドバイスをして試すことになるでしょう。これは「問題解決療法」というアプローチに似ています。とにかく考えられる問題点をリストアップして、その中からスランプの原因になっている可能性の高い問題に取り組みます。例えば、フォームを治して解決すれば、それはそれでよいのです。そういう場合もあるでしょう。また、問題が、ボールを投げようと思うとひどく不安になっていることが明確になれば、その不安に対処することを中心テーマに決めて治療を行います。特に、その不安の背後に、一定のマイナスな考え、例えば、「自分は打たれるに違いない」「自分のボールは軽くてダメに違いない」というような考えがあれば、それを修正することを目指します。これは「認知療法」的なアプローチになり、無意識に抱いてしまうマイナスの考えを「自動思考」と呼びます。問題となる自動思考は複数ある場合もあり得ます。そして、それらを修正する訓練をします。問題点を表示したり(コラム法と呼ぶ)、宿題なども出したりします。このようなアプローチを、10数回の決められた回数で、しかも、テーマに沿って、問題の解決をプログラム化して対処しようとするのが認知療法ですし、似たようなプログラムされた治療法が、心理療法の一つのグループを成しています。問題解決療法、認知療法、対人関係療法’(一定の対人関係に問題あるものと限定して、その問題に対処する治療法)などが含まれます。最近は行動療法(行動そのものをコントロールしようとする治療法です)を認知療法に取り入れた認知行動療法がはやっています。
 しかし、このようなアプローチで治療しても、全然、良くならないこともあります。それは、飛雄馬が、父親に無理やり野球をやらされたことに何となく気づき(あるいは無意識に何かを感じていて、その結果、スランプになっているなど)、心のどこかで自分は野球などやりたくなかったのだと感じ始め、野球へのモチベーションが下がってきている場合です。まあ―、無意識のうちに父親への反抗期に入ったとも言えましょう。この場合は、あれこれフォームを変えたり、自動思考を修正しても、本当の解決にはなりません。彼の生き方そのもの、彼がこれまで生きてきた人生の流れそのものを考えなくてはなりません。このようなアプローチが得意なのは、従来から行われてきた力動的精神療法(精神分析をふくむ)、ユング心理学、来談者中心療法です。しかし、この三者でもアプローチは異なります。
 まず、力動的精神療法であれば、幼児期からの生い立ち、特に恐ろしいほどに男性的な父親に支配されてきたこと、母親がおらず、優しいけれど無力な姉しかいなかったため、信頼に足る母性的な養育が欠けてしまっていたことなどを問題にする可能性があります。そして、何よりも父親への恐怖感がベースになり、それが「素晴らしいボールを投げないと全ての人に責められる、特に父親に負けることになる、それは絶対に嫌だ。あるいはそうなったら皆から見捨てられる」というような不安につながっていたことを明確にしていきます。そして、セラピストへの思いや(転移と言う)、その不安に対する無理な解決法(「防衛」と言う)を扱いながら解決していくのが力動的精神療法です。飛雄馬の場合、不安や恐怖を必死に野球に打ち込むということで打ち消そうという積極的ではあるが誤った防衛が見出されます。特にセラピストとの関係性を中心にアプローチするという方法が(転移を扱うという)より精神分析的な治療になります。(セラピストそのものを父親的な存在として無意識に恐れるなど。)
 治療がうまく展開すれば、無意識に抱いていた深い恐れを洞察し、その恐れから解放され、改めて自分の人生を選び直していく可能性が高いでしょう。
 ユング心理学であれば、「夢分析」などを通じて、自分の向かうべき道を無意識の何モノかが導いていってくれるものとしてアプローチします。すると、例えば、様々な海の夢を見たとします。この点を飛雄馬君と話し合い、その結果、このような夢が意味しているのは、自分が本当に求めているものが、男性的な勝負の世界よりも、力強く抱擁してくれるような母親的なもの、愛おしむような世界であることに気付くことになりかもしれません。そして、野球を止め、人の世話をするような、例えば介護の仕事について、自分の本当に求めていた世界を見出すことができ、やっと心が満たされるという終わり方をするかもしれません。つまり、無意識の導きにより、まったく異なった世界が開けてくることで、解決に向かう可能性があるのです。 
 来談者中心療法であれば、ひたすらセラピストが共感的に自己一致した態度で面接をすることにより、クライエントの本来の自己が育ち、自分は本当に野球をやりたかったのかということを真剣に考え始め、父親とも向き合い、いろいろな仕事を試していくなどの飛雄馬の自己探索の歩みを見守っていると、ある日、手答えのある「本当に自分」(real self)というものに出会い、やはり、野球しかないと考えて野球に新たに取り組むという方向性に向かうかもしれません。その時はスランプを脱しているか、スランプになっても、しっかり向き合うようになっているかもしれません。あるいは、他の生き方を真剣に考えたうえで、「本当の自己」をベースに選択をし直し、新たな道を見出していくという結末になるかもしれません。

 とても、戯画的に述べましたので、各治療の専門家から見ると、不満もあるかもしれませんが、ポイントは掴めていると思います。
 これで大枠はつかめていただけたと思います。皆さんの参考になればと思います。🎵


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