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<<   作成日時 : 2016/02/21 13:57   >>

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ここ数日、陽の光に輝きが増してきて、春が眼(まなこ)から感じられるようになりました。これからは、肌に触れる風が快くなるとともに、木々の芽吹きが香り始めると、体全体で春を感じるようになるでしょう。

 ヘルニアもほとんどよくなり、仕事には支障はなくなり、講演会も大丈夫になりました。このことも嬉しいのですが、海の好きな私は、一刻も早く、体いっぱいで、自然と戯れたいのです。あと少しという思いが、恋人を待つときの気持のような、期待と落ち着かなさを感じさせます。

 最近、読んだ素敵なお話をしましょう。死の臨床で有名なキューブラー・ロスの書いた「ライフ・レッスン」にあるエピソードです。
人が喪失体験として、最もつらいのが、子どもを失うことでしょう。ある両親が、子どもをがんで亡くされました。この世は終わりだと思い続けるような悲嘆が何年も続きました。しかし、やがて、以下のような、ある心境に至ったとのことです。
「あの子が最初から生まれてこなくて、あの子を一度も愛したことがないような人生よりも、あの子を愛し、そしてうしなった人生のほうが良かった」と。

私のような「心の臨床」に携わっていると、大切な対象を失うことに悩み続ける方に出会います。うつ状態として相談来られることが多いのですが、それでも、人は、この両親のように立ち直っていかれます。
思春期も、自分の期待していた自分を見出せないことに悩むことが多く、「こんな容姿では生きていけない」とか、「一流大学に入れなければ自分の人生はおしまいだ」と悶えることが多いのです。このような悩みは、期待していた自分の喪失ともいえましょう。

それでも、やがて、今ある自分、今ある何ものか(思い出ということもある)を大切にするようになると、悩む以前よりも、一段、生きる姿勢が深まるような心境になられることが多いようです。
ただ、そのプロセスは、とてもつらいものです。私は、そのプロセスをできる範囲でサポートしていますが、そのようなときの私自身を支えているのは、この両親のような、人の持つ成長力というか、変容の力だと思っています。
言葉でいうと簡単ですが、そのプロセスはつらい・つらいプロセスです。しかし、やさしい春は冬の後に我々を訪れます。静かにそれを待つ心も必要なのでしょう。
 今、春のような日々を過ごせている方は、それを心から大切に味わい・感じられるとよいですね。

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